概要
米国・イスラエルによるイラン攻撃から6週間が経過し、インドは「戦わない戦争」の最大の被害国の一つとなりつつある。原油の85〜90%を輸入に依存するインドにとって、ホルムズ海峡の緊迫化は経済の根幹を直撃した。ブレント原油は1バレル110〜122ドルに高騰し、ルピーは過去最安値の1ドル=94.79ルピーを記録。一方、外交面ではパキスタンが米イラン間の仲介役として存在感を高め、インドは「地政学的な屈辱」とまで評される周縁化に直面している。

エネルギー危機 — ホルムズ海峡依存の代償
インドの原油の約50%、LPGの75%以上、LNGの約50%(主にカタール産)がホルムズ海峡を経由して輸入されている。海峡の緊迫化はこれらの供給ルートを直撃し、国民生活に深刻な影響を及ぼしている。
- 原油価格の高騰: ブレント原油は1バレル約70ドルから110〜122ドルに急騰
- LPG供給の逼迫: LPG輸入量は40%減少し、調理用ガスの配達遅延、長蛇の列、闇市場での価格高騰が発生。マハラシュトラ州ではガスボンベの輸送に警察のエスコートが必要になった
- 肥料工場の稼働低下: LNG供給の途絶により、肥料工場は70%の稼働率に低下。2026〜2027年の農業生産への波及が懸念される
政府は燃料税を1リットルあたり10ルピー引き下げて対応したが、年間約1.55兆ルピー(164億ドル)の歳入減が見込まれ、2027年度の財政赤字はGDP比4.5%の目標を超過するリスクが高まっている。
通貨・市場の動揺
エネルギー危機はインドの金融市場を大きく揺さぶっている。
- ルピーの過去最安値: 1ドル=94.79ルピーを記録し、過去最安値を更新
- 株式市場の下落: 5週連続の下落。海外投資家がインド株式から30億ドル超を引き揚げた
- 中央銀行の介入: インド準備銀行(RBI)は通貨安定のために120〜150億ドルの外貨準備を投入
- 成長率への影響: ゴールドマン・サックスは、原油高が持続した場合のGDP成長率を6.0〜6.6%に下方修正。従来予測の7%台からの大幅な引き下げとなる
外交的周縁化 — パキスタンの台頭とインドの苦境
イラン危機におけるインドの外交的立場は、かつてない困難に直面している。モディ首相は攻撃開始の2日前にネタニヤフ首相と会談し「インドはイスラエルと共にある」と宣言したが、イランへの攻撃そのものには明確な非難を避けた。
この姿勢は「中立ではなく、判断そのものだった」と批判されている。インドのジャイシャンカル外相がパキスタンの仲介役を「ダラル(仲買人)」と蔑視した発言は、インドの深い焦燥感を露呈したと分析されている。
- パキスタンの台頭: パキスタンは米国とイランの間の仲介者として15項目の和平案を伝達するなど、地域外交で存在感を急速に高めている
- インドの孤立: 非同盟運動の創設国でありながら、米国・イスラエルへの傾斜により独立した仲介者としての信頼を失いつつある
- 米国との関係: モディ首相がトランプ大統領から受けたのは危機に関する「電話1本」にとどまり、インドの戦略的重要性への疑問が浮上
ロシアからの代替エネルギー調達
ホルムズ海峡経由の供給リスクに対応するため、インドはロシアからのエネルギー調達を急速に拡大している。3月のロシア産原油輸入量は前月比で約90%急増し、インド全体の原油輸入が約15%減少する中で際立った動きとなった。
モディ首相は4月初旬にロシアのマントゥロフ第一副首相とニューデリーで会談し、エネルギー・貿易・防衛協力の強化を協議した。インドはS-400防空ミサイルシステムの追加5基の調達も承認しており、ロシアとの関係深化は西側諸国の制裁体制との間で新たな緊張を生む可能性がある。
湾岸在住インド人への影響
湾岸地域には約900万人のインド人ディアスポラが居住し、2024〜25年度には514億ドルの送金をインドに送っている。これは対米貿易黒字を上回る規模だ。紛争の影響で22万人超がすでに湾岸地域から帰国しており、石油サービス、建設、ホスピタリティ、小売業で働いていた労働者の雇用喪失が深刻化している。
今後の展望
インドが直面する「三重苦」— エネルギーコストの急騰、通貨の下落、外交的影響力の低下 — は短期的に解消される見通しが立たない。4月に期限を迎える米国のイラン貿易特別免除(ウェーバー)の更新可否が、インド経済の今後を左右する重要な分岐点となる。モディ政権はロシア、米国、湾岸諸国の間で綱渡りの外交を続けるが、非同盟の伝統と戦略的自律性の回復は容易ではないだろう。
イラン危機下のインドの苦境は、エネルギー輸入依存国のリスクを象徴的に示しています。日本企業にとっても、インド市場への投資・進出戦略の再検討、湾岸経由のサプライチェーンの代替ルート確保、為替リスクのヘッジ強化が喫緊の課題です。特にインドのIT・BPO産業との取引を持つ企業は、インフレと通貨安がインド側パートナーのコスト構造に与える影響を注視すべきでしょう。
