概要
レアアース(希土類元素)と重要鉱物をめぐる地政学的緊張が、2026年に新たな段階に入っている。中国は2025年4月から段階的に輸出規制を拡大し、欧州のレアアース価格は中国国内の最大6倍に高騰した。これに対し米国は120億ドル規模の戦略備蓄計画「Project Vault」を発動、EUも60件の戦略プロジェクトを選定するなど、西側諸国は「脱中国依存」に向けた大規模投資を加速させている。しかし新規鉱山の開発には平均8年を要し、短期的な代替は困難な状況だ。

中国の圧倒的支配力と輸出規制の段階的拡大
中国はレアアース産業で圧倒的な支配力を持つ。世界の採掘量の69%、精錬の90%超、さらにジスプロシウムやテルビウムなど重希土類の分離においてはほぼ独占的な地位にある。1992年に鄧小平が「中東に石油があるように、中国にはレアアースがある」と宣言して以来、中国は戦略的に産業集積を進めてきた。
2025年の輸出規制は段階的に強化された。
- 2025年4月: 重希土類7元素とその化合物・金属・磁石に対する輸出規制を導入
- 2025年10月: ホルミウム、エルビウム、ツリウム、ユウロピウム、イッテルビウムの5元素を追加。リチウムイオン電池のセル・正極材・負極材・製造装置にも規制を拡大
- 2025年12月: 中国技術を使用した「国際製造品」にも域外適用を開始
この結果、2025年5月のレアアース磁石輸出量は前年同月比で74%減少し、米国やドイツの自動車メーカーは一時的な工場停止を余儀なくされた。フォードはシカゴ工場を数週間閉鎖している。
西側諸国の「脱依存」戦略
中国への依存脱却に向け、各国は大規模な対策を打ち出している。
- 米国「Project Vault」: 120億ドル規模の戦略備蓄計画を発動。国防総省は2020年以降、サプライチェーン強化に4億3,900万ドル超を投資。2025年7月にはMP Materialsに4億ドルの出資と10年間の最低価格保証を実施し、2027年までのサプライチェーン独立を目標に掲げる
- EU戦略プロジェクト: リチウム、グラファイト、コバルト、ニッケル、レアアースを対象に60件のプロジェクトを選定。うち47件はEU域内、13件はカナダ、カザフスタン、ウクライナ、ザンビアなどパートナー国に展開
- 日本の先行事例: 2010年の中国によるレアアース禁輸を教訓に、中国依存度を90%超から60%未満に削減した実績を持つ。磁石中のジスプロシウム含有量を10%から3%に削減する技術革新も達成
しかし、精錬能力の面では依然として大きなギャップがある。中国以外で産業規模の精錬施設を稼働させているのは、マレーシア、米国、エストニアのわずか数拠点にとどまる。
構造的な非対称性 — 技術・人材・特許の格差
重要鉱物のサプライチェーン再構築には、資金だけでなく技術・人材面の課題も立ちはだかる。
- 研究機関の格差: 中国はレアアース専門の研究所を39機関擁するが、米国はエイムズ研究所など数機関にとどまる
- 特許出願の格差: 中国は米国の約30倍のレアアース関連特許を出願
- 研究者数の格差: 政府支援の研究者数で中国は米国の約120倍
- 新規鉱山の開発期間: 平均約8年。精錬施設の立ち上げはさらに長期を要する
2025年10月に拡大された製造装置の輸出規制は、新興プロジェクトの開発能力そのものを制約するリスクをはらんでおり、西側の「脱依存」努力を根底から揺るがしかねない。
企業のサプライチェーンへの影響
レアアースは年間売上規模が40億ドル未満の小さな市場だが、その地政学的影響は甚大だ。F-35戦闘機、テスラの人型ロボット、バージニア級原子力潜水艦など、先端防衛・産業システムの根幹を支えている。
- 自動車産業: EV用永久磁石モーターの供給リスクが深刻化。GMは2021年から調達先の多角化を推進、トヨタは戦略備蓄とオーストラリアとの長期契約で対応
- 半導体・電子部品: ガリウム・ゲルマニウムの規制が半導体製造に影響。長期化するライセンス遅延が「収益、競争力、雇用を脅かす」とIEAが警告
- エネルギー転換: 2040年までにレアアース需要は60%以上増加の見通し。2050年には年間18万トン(2023年の9.3万トンから約2倍)に達すると予測
今後の展望
2025年10月の「クアラルンプール合意」により、米中両国は1年間の規制凍結で合意したが、根本的な対立は未解決のままだ。2026年後半には凍結期限を迎え、新たな交渉ラウンドが始まる見通しである。重要鉱物の確保は、エネルギー転換、デジタルインフラ、防衛能力のすべてに直結する戦略課題であり、今後の地政学の最大の焦点の一つであり続けるだろう。
レアアースと重要鉱物のサプライチェーンリスクは、製造業だけでなくDX推進を担うすべての企業に波及します。AI・データセンター用半導体、EV、再生可能エネルギー設備のいずれもこれらの素材に依存しており、調達戦略の見直しは経営課題です。自社のサプライチェーンにおける重要鉱物依存度の可視化と、代替技術・調達先の複線化を早期に検討すべきでしょう。
